ケヤキの旅立ち(森のおじさんシリーズ第2弾)
ある日、おじさんは山に入る前に、こぶしの杜にある苗床を見に行った。
そこには、イロハモミジの稚樹に雑じって、あのアカシデが仮植えされていた。
あの日、懸命に身を震わせた6枚の葉はすでに落葉していたが、幹の瑞々しさは失われていなかった。
<無事に冬を越しそうだな。>おじさんはそう思った。
こぶしの杜から離れて、ある沢筋に沿って山に入り、幹の眼通りが2メートルを超えそうな大きなケヤキの脇を通り抜けようとすると・・・
「おじさん、おじさん僕たちこれから旅行だよ!」 「おじさん、僕たち旅にでるんだ!」 いくつものかわいい声が降ってきた。
おじさんがケヤキを見上げると、ケヤキの木の落葉はすでに終わっていたが、茶色く変色しているがしっかりと枝についた葉と、その葉柄の近くに張り付く無数の種が目に入った。
「そろそろ木枯らしが吹く頃か。おまえさんたちの旅立ちだな。草原とか落葉樹の森とか、いいところを選んで、舞い降りろよ。くれぐれも達者でな。」
「でも、僕たちの旅行は、風任せだから。どこへ行くか分からないよ」とにぎやかである。
すると、ケヤキが会話に入ってきた。
ケヤキ:「ところでの、お若いの、おまえさんはそろそろ前期高齢者か?」
おじさん:「何の、まだまだよ。この健脚ぶりをよく見てくれ。」
ケヤキ:「そうか、するとお前さんが鼻をたらしていた頃、初めての子供たちを旅に出した。」
おじさん:「へー、すると樹齢およそ百年か、人間なら百歳は珍しいが、ケヤキの木じゃあ、
まだこれからだな。それにしても、あなた方の種の蒔き方は凄まじいよ!
種がついた小枝を、葉がついたまま枯らして、それが木枯らしの力で舞い上がる。
身を切らせて、種をまく。」
ケヤキ:「何の、ご先祖様が、能天気だっただけよ。カエデやモミジのように種に
洗練された羽根があれば、何も身を切ることはない。
それよりも、この間、わしの枝で羽を休めたカケスが言っておった。
わしによく似たケヤキが、この南にある小学校の裏山に生えていると。」
おじさん:「南にある小学校までは、およそ2キロ。小学校から多摩川までがおよそ1キロ。
多摩川の崖には、おまえさんのようなケヤキが生えている。
ただ、カケスが言ってたように俺には似ている、似ていないの区別はわからない。」
ケヤキ:「そりゃー、わしの子供のそのまた子供、人間でいえば孫かも知れんな。」
おじさん:「すると、お前さんの播いた種と、おまえさんの孫の種が同じ場所で、
同時に発芽することもあるのかい?」
ケヤキ:「そんなややこしいこと、わしにもわからない。それこそ風任せよ」
12月23日夜半から24日未明にかけて青梅の杜には、台風を思わせるような強い風が吹き荒れた。
ケヤキの木は清々しいように身ぎれいにして、春を迎えるまでの長い眠りに入っていた。
ogura